子供なりの精一杯
その部屋のベッドの上では、一人の男が分厚い本を広げ、その広い背中にもたれかかる様にして少年が携帯電話をいじっている。
かれこれ一時間以上、二人はそうしているだろうか。
ベッドの近くに転がっている時計は少年が秒針の音が煩いと正面から文句をつけて勝手に新しく買ったアナログ時計で、針を刻むのではなく静かに回し続けている。
部屋の主である男がデジタル時計が好きではないらしいので、少年が買ったものは市販の物に比べてそこそこ高価な時計だった。
部屋の主は学生の身の恋人にそれを買われて非常に後悔していたが、当人にしてみれば、自分がそうしたかったからそうしただけだである。おかげで元々防音に優れていたその部屋の中は更に静かになった。
その静けさを乱さないように、メールの着信を告げた携帯は白い光だけを規則的に放つ。
内容を見てみれば、なんでもない。部屋の主の弟であり、同級生でもある竜堂終から。他の同級生たちと何処かで遊んでいるらしく、一緒にどうだ、という誘いだった。
息を短く吐き出すようにして笑うと、件名に「お断り」とだけ入力して、送信。理由も何も書いていないが、彼が帰宅して玄関の靴を見れば一目瞭然だろうと、それ以降のメールは無視することにした。
持っていた携帯をシーツの上に放り出し、体の向きを反転させて、甘えさせろとばかりに恋人の背中にぴったりとくっつくが、相変わらずその体は微動だにしていない。
本当に、微動だにしていない。体格的なものもあるが、それ以外にも色々と微動だにしていないのだ。
たとえば、一時間以上前から、ページを捲った音を聞いていない、とか。
「ねえ、先生」
広い背中を通して聞こえる心音は普段より少し速かった。
「先生、竜堂先生。構ってくださいよ」
「おれは今、本を読んでいるんだが」
「でも、おれは構って欲しいんです」
口を尖らせてそう言うと、渋々といった様子で持っていた本を閉じる。
「、ここは学校じゃない、先生と呼ばなくていい」
「じゃあ改めて。始、構ってください」
「仕方ない奴だな。何をして欲しい」
「始の恥ずかしい過去を余す所なく暴露して欲しいです」
「それは一体何の虐めだ?」
「虐めじゃないです。プレイです、羞恥プレイ」
「おれはそれよりも、こっちの方がいいな」
背中に張り付いていた体を容易く剥がされ、代わりに腕の中に閉じ込められると長いキスを交わされた。
本に挟まれたしおりの位置は、読み始めた場所と同じような位置に存在している。
は、子供の振りをして、そういった事に気付かないよう努めるのも中々大変だと苦笑しながらも、やっぱり部屋には雑音がないほうがいいなと心の中で呟いた。