曖昧トルマリン

graytourmaline

SILLY TALK

 もしも自分たち兄弟が捕まって裁判にかけられた場合は、きっと検察は大変だろうな、そんな軽口を叩くと彼は声を上げて笑ったあと真顔で馬鹿だろ、と短く言った
「馬……」
 あまりといえばあまりな台詞に、始の手がアイスコーヒーを持ったまま固まる。
「あのな、……一応冗談なんだが?」
「面白みのない冗談を笑ってやった事に感謝してもらいたいくらいだ、馬鹿野郎」
 一人掛けのソファに座った始に向き合えるようOA椅子に座った男は、氷が涼しく浮かぶ黒い液体を呷り、肩にかけたタオルで首筋の汗を拭った。
 肘を突いて始を見下ろす表情は、笑顔こそ浮かんでいるが瞳の奥には不機嫌としか言いようがない感情が宿っていた。
「確かにおれたちは相手が誰だろうと大人しく捕まっているような人間じゃないが……」
「はい、ソコ」
「そこ?」
「人類がら見れば、竜堂家の住人は法的に人間扱いされていないだろうが」
 汗をかいているグラスを背の低いテーブルの上に置いて、悪魔のような笑みを浮かべたは言葉を続けた。
「よって、仮に竜堂家の人間が大人しく捕まった場合、裁判無しに即刻死刑かどこかの国の実験動物にされるのが精々だな。どうしたらお前らが死ぬかは知らんが」
「いや、流石にそれは人権という言葉を無視していないか? 確かに今までも無視されていたが……裁判くらいは流石に開かれるだろ」
 冗談を真っ向から否定され、反論のようなものをする始にミルクとガムシロップを手渡し、はクーラーと同時に使用されている扇風機と共に首を横に振る。
 当然、その仕草はとてつもなくゆっくりとしたものだった。
「中世の欧州地域のように家畜や藁蘂に発言権がある時代ならともかく、今は法廷に立つのを認められているのは基本的に人間だけだろうが」
「おれたちは家畜や藁以下か……」
「大勢の人間にとっては害獣の他ならないだろうな」
 家畜は食われる為に育てられてるから、と勝手に結論を出したは渋い顔をしている始を見てまた笑った。
「辛気臭い面は止せよ。お前が捕まったりしなきゃ、いいんだろうが。おれがこんな想像する必要も、考える必要もないからな。だから馬鹿なこと言っておれにアホな事考えさせるな」
 言外に心配してるんだぞ、と判り易い愛情表現をされ始の表情が綻ぶ。
 と言うよりも、顔の筋肉が緩んでいた。斜め上から頭を叩かれる。
「だらしねえ顔してやがる。学校内に生息するお前のファンが見たら現実逃避するぞ」
「それはにこそ言うべき台詞だな」
 そう返せば、は軽く舌打ちして立ち上がるとテーブルの上に残っていたアイスコーヒーを呷り、氷を噛み砕きながら悪態を吐き、床に座り込んだ。
 ズボンも履かず、下着にタンクトップで裸足というラフと呼ぶにはあまりにもアレな姿に、始は笑った。しかも、嫌な方の笑みを浮かべていた。
「必要以外は喋らず冷酷無比の機械人間として名高いがこんなだらしない男だと言っても学院内の生徒は信じないだろうな」
 実際にここに来た続が本当のお前見て現実逃避したからな、と懐かしそうに言う始に、も嬉しそうに笑って同意する。
「いや、あれは珍しいものを見れたイイ思い出の一つだ。卒業したら終も呼んでみよう」
 どんな反応するか楽しみだ、と咽喉で笑う男の顎にソファに座ったままの始の手がかかった。その瞳には肉食獣の光。
「おれというものがありながら浮気か?」
「いや、そういう考えに至るお前の脳味噌が理解できん。確かに終は純真っぽくて可愛いとは思うけど……って、見境なく発情してんじゃねえ! 馬鹿かテメエは!?」
「さっきから馬鹿馬鹿言い過ぎだ。幾ら何でもそろそろ怒るぞ? 大体その格好は煽り過ぎだ、おれの理性を試しているのか? あと人の弟に手を出す不埒物には制裁が必要だな」
「嘘吐けゴミが! 最後の弟どうのこうのって明らかにギャッ!」
「相変らず色気がないな」
「あってたまるか! 馬鹿野郎が!」
「まだ言うのか」
 怪訝な表情する始に押し倒されながらも馬鹿と連呼し、叫び散らすを見て何か思いついたのか、獲物を前にした猛獣のようにゆっくりと顔を近付けて耳元で囁く。
「今度、学校で襲ってやろうか?」
 言われた瞬間、の顔がこれ以上ないくらいに紅潮する。
「何考えてやがる! 脳味噌湧いてんのか!?」
 最後の足掻きとばかりに言葉で体で抵抗する獲物を軽々と押さえつけ、捕食にかかった肉食獣は、礼儀正しく「いただきます」と手を合わせる。
 そんな始に対してのツッコミが、の最後の抵抗だったのは推して知るべし。