叶わない恋の方が美しい事もある
遊びに来てくれたのに付き合わせてゴメンとは謝罪する。実はちょっとだけ気になった映画だったと嘘を吐きながら笑いかけると、騙されて笑ってくれた。
エアコンを入れたばかりのリビングのソファに座って、この間来た時よりも少し距離を縮めてみる。指先同士が触れるか触れないかの距離まで詰めると、常にぼんやりとした眠たげな彼の目がぼくを見て、毛布持ってくるからもっと近づかないかと誘った。多分彼に他意はない、事実リビングはまだ随分寒かった。
内心は嬉しかったけれどここで喜ぶのは不正解なので、躊躇う演技をする。
「汗臭いかもしれないよ?」
「しないよ。寧ろいい匂いする、花の香りみたいな」
「ならトイレの芳香剤かも」
「あれはもっと臭いよ。アクアソープ、だっけ? おれと母さん、あれ嫌いなのに親父が勝手に買い足すんだ。いつもはドラッグストアなんて行かないくせに、それだけ買いに」
トイレを使うつもりなら無香料で、と妙な念を押されているうちにDVDの映像が始まりぼくと彼の会話が途切れた。けれどそれも一瞬の事で、開始直後からスキップ機能と早送りの合わせ技が披露されると再び会話に花が咲いた。
スナック菓子を摘みながら学校の事や授業の事、最近のゲームやテレビ、時折登場人物や物語そのものにつっこみを入れる時以外は他愛のない話をする。
こういった時字幕は楽だとリモコンを握っていたは言う。画面の中では製作者達の努力が目にも止まらぬ速さで駆け抜け、白抜きの文字だけがおおよその内容をやる気のない視聴者に伝えていた。
「蛍、死んだみたいだな」
「本当だ。生き返るのかな」
「ここは生き返らせない方が、おれは好きだな。でも、アメリカだから無理かも」
今画面に映っているのは、夜空に浮かぶ星に恋をしていた蛍が死んだシーン、だと思う。
死んだ蛍は味方側のキャラクターだったし、アメリカのアニメだし、どうせただでは死なせないのだろうとが投げ遣りに言うと、事実その通り蛍の恋していた星の隣に新しい星が生まれていた。すぐに失笑が聞こえる。
「なんでこう、無理にでもハッピーエンドみたいな雰囲気にしたがるんだろ。したいならしたいで、最初から恋をさせたり、殺さなきゃいいのに」
「あ、悪そうな魔法使い死んだ」
「これはお約束だよな」
「そうだね」
終わりが見えたと呟いたは、ラストに向けて加速しているのかしていないのか分からない物語を、今まで以上の早送りで経過を飛ばしていく。最後に王子様とお姫様がキスをするシーンで物語の幕が下りると、20分の無駄だったと軽く嘆いてリモコンを放り投げた。
「これ、蛍を主人公にした方が少しは面白そうだな。スピンオフしないかな」
「死んだから無理じゃない?」
「じゃあサイドストーリー」
手の届かない報われない恋を見るのは好きだと彼が言うので、そうなんだとだけ返しておいた。DVDをケースにしまう後姿は小さく丸まっていて、服と髪の間から白い項が覗いている。
そこに噛み付き押し倒して友人に裏切られて絶望に染まる彼を隅から隅まで食らい尽くしたくなる衝動を抑えて、顔にも感情にも笑顔を貼り付けたまま続けた。
「でも、ぼくは別に見たいと思わないな」
「そう? あ、菓子無くなったから新しいの持ってくるよ」
「うん。ありがとう」
ケースにしまったDVDを片手にリビングを出て行ったの背中を笑顔で見送る。
「先に何が待っているかも知らない癖にに、報われない恋が見たいなんて煽るものじゃないのにね」
自分がそう見られているなんて気付きもしないは、今日もぼくの内側で好きなように蹂躙されていた。