曖昧トルマリン

graytourmaline

春色甘味

 ホ。ケッキョという独特の鳴き声を耳にして辺りを見渡すと、八重咲きの花に隠れた緑色の鳥を見つけることが出来た。真っ白な腹を見せているその鳥はもう一度ケッ、キョと不器用に鳴いて嘴で花弁を咥える。
 枝から枝へぴょんぴょんと跳ねる姿を目で追っていると、知った声が余の名字を呼んだ。視界の端には真っ赤なジャージと洗い晒しの白衣。
「どうした竜堂。そんなトコでぼーっとして」
、名字じゃなくて余って呼んでよ」
先生、な。ここは?」
「……学校」
「おれとお前は?」
「……先生と生徒」
「よろしい」
 ダサいジャージの上に白衣を着て校内を闊歩する教師はこの中学で一人しかない、余のクラスの副担任で一応恋人でもある男だった。他人の気を殺いでしまいそうなほどやる気のない顔をした男は長命寺の桜餅を蛙みたいに飲み込んだ。腕に抱えた紙袋からは焼き菓子のいい匂いが漂わせている。
「おら、優しい先生がたい焼きくれてやるから感謝しながら食え」
「中身は?」
「ツナマヨ」
「カスタードクリームの方がいいな」
「ばっ、お前、おれは粒餡も漉し餡もカスタードクリームもチーズクリームも平等に愛して止まないんだぞ。食べ盛りの青少年はガッツリとツナマヨネーズでも食っておけよ」
「中年太りするよ?」
「うわあ、おじさん今のスゲー傷付いた。腹筋すら割れてないお子様に蔑ろにされた」
「前から思ってたんだけど、何では担当教科が英語なのにジャージと白衣着て腹筋割れる程鍛えてるの?」
「お前はおれが体育教師で黒五紋付のままピンヒールのブーツで水泳指導にあたる贅肉まみれのおっさんの方が満足なんだな」
「……それ、通報されてもおかしくないレベルだろ思うなあ」
「おれもそんな同僚は御免だな」
 自分の事だというのにすっとぼけた返答をして、何気なく渡してきたのは尻尾の方からツナが少し飛び出しているたい焼きだった。タイの中にマグロが入ってる等というのは些細な事なのだろう、二人はまだ温かいそれを頭から齧り付く。
「で、何見てたんだよ。蜂でもいたか?」
「うぐいすがいた。ほら、あそこ」
 花の陰に隠れている緑色の鳥を指すと、はすぐに「ありゃ目白だ」と断言して、うっすらを中の粒餡が見えるたい焼きを咥えたまま紙袋の中を漁り始めた。安売りしていたらしいパック詰めの三食団子を投げて寄越しながら残念だったな、と苦笑する。
 一体この恋人はどれ程の甘味を腹に収めるつもりなのだろうか、そんな事を考えながらツナマヨのたい焼きを食べてしまった余は串を一つ摘んだ。また何処からともなく、ホー……という鳴き声が聞こえる。
「やっぱり、うぐいすだよ」
「うぐいすはあんな綺麗な緑色じゃねえって。鳴いてんのは、あの奥の奴だな」
「奥?」
「茶色っぽい奴。鳴くの下手だな」
 また、しゃっくりのようにホ、ケッケッキョと鳴いたウグイスに反応して、目白は何処かへ飛んでいってしまった。隣の男はいつの間にかたい焼きも三食団子を食べ終えて握り拳よりも一回り大きな豆大福にありついている。目が合うと同じものを差し出された。腕の中の紙袋はくしゃくしゃに丸められ、ゴミ箱行きとなる。
 何処からか飛んできた一羽の鳥がうぐいすと同じ枝に止まるのを見て、春だねえ、と呟いたは指に付いた片栗粉を払い不器用に鳴き続ける歌声に目を細めて踵を返した。慌てて余が後を追うと、のらりくらりと歩いていたは真っ青な空を横切った目白を見上げ、ふっと静かに笑う。
「うぐいす餅は灯野屋が美味いんだよなあ」
「……結局食い気なんだ」
 白衣のポケットから取り出されたニッキ飴を二人で分け、相変わらずなうぐいすの鳴き声を背に余とその恋人は校舎の仲へ消えていった。