眠り姫と七匹の子犬
書斎で本を読んでいたら、足の裾を何かに引っ張られた。
足元を見ると、家に遊びに来ていた余が一緒に連れてきた子犬が、真っ黒な目をキラキラさせてフワフワの尻尾を振っている。
恋人を放っておいて本なんか読んでるなと言われそうだが、そんな事は適当に放っておいて欲しい。おれの家に遊びに来たというのに、いきなり昼寝を始めた余にこそ非がある。
本にも飽きたので遊んでやるかと、何となく頭を撫でてみると、甘えるような鳴き声を上げた。おれはどちらかというと犬よりも猫派だけれど、幼獣のこういった仕種は種族を分け隔てる事無く総じて可愛いと思う。
「……ん?」
そこでおれは、ようやく違和感に気付いた。
家に遊びに来た時、余は確か子犬を一匹しか連れていなかったはずだ。しかし、おれの目の前には、今、その子犬が二匹存在している。
「んん?」
フローリングを引っかくように歩く音に振り向くと、そこには三匹目、四匹目の子犬が歩いていて、おれを発見すると続々とリビングのソファの前に大集合し始め、大人しくちょこんと座り始めた。
全部で取り合えず、六匹。とても大人しいので、みんなちゃんと躾けられているらしい。
何処かから入り込んだのか、それとも、もっと別の何かだろうか。
「……まあ、いいや。深く考えるのは止めよう」
余と付き合っていると、よく不思議な現象に出会う。今回もその類だろう。
彼は何かを必至に誤魔化しているようだったけれど、眠りながら空中浮遊する彼を目撃してからというもの、おれは恋人に関わる全てのことに関して驚くという行為を止めた。
「そろそろ余を起こしますか」
子犬たち以外に誰が居るわけでもないのにそう言いながらおれが立ち上げると、新米のボディーガードやSPよろしく、子犬たちがバラバラの足並みで付いて来る。
半分開いていた部屋に入ると、そこには七匹目、もしかしたらこいつが一匹目かもしれない子犬が惰眠を貪っている少年の傍でうろうろしていた。
おれを見つけると、多分ビックリしたような表情をして何度か吠える。この子犬はあまり吠える犬じゃなかったから少し意外に思っていると、傍らの恋人が僅かに身動ぎしてから、ゆっくりと起き上がった。
「……?」
「おはよう。よく眠れたか?」
「おはようございます……おかしいな、ぼく、まだ寝惚けてるのかな。松永君が増えたように見える」
「寝惚けてないぞ、増えてる」
「……え?」
目を擦っていた余の腕が停止。その後、珍しく寝起き直後に覚醒することが出来た脳で現状を処理して、七匹の子犬に囲まれながら何故かがっくりと項垂れる。
「……今度は誰だろう」
「余の知り合いってみんな悪戯好きだよな。花降らせたり、壷に乗って浮かんでたり」
「すみません。変人ばっかりで」
「謝る事ないって、別に何か迷惑してる訳じゃないしな」
七匹の子犬にじゃれつかれている恋人の頭を撫でると、そうされるのが嬉しいのか、可愛い顔で微笑まれた。
そんな笑顔を見ているだけで、寝る前は普段着だったのに、何故か今はパジャマに着替えている余への疑問が消し飛んでしまうおれは、矢張り相当な恋人馬鹿なのだろうか。