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事ある毎に隣の便利屋に自宅兼店舗を破壊されているは、本日も目出度く階下にある店の壁が崩落した音を聞き取り、完成間近だったデッサンを中断して1メートル定規をお供に飄々とした足取りで階段を下りた。
ネロが居る筈なのにこの規模の喧嘩は珍しいと、剣戟の音を聞きながら窓というか穴の向こうを眺めた瞬間、言葉として意味を持っていない怒号が周囲一体を震わせる。
「おーい、ネロ。生きてるか、生きてるな」
ドス黒いオーラを纏った青い悪魔を相手に、ネロとダンテが剣を振るい、銃弾を撃ち込む中、は全く危機感を抱いていない表情のまま店の中を確認する。今の所、破壊されているのは壁及び窓だけだった。訂正、今正に、可愛い恋人の放った剣圧が床に着弾したので壁と窓と床という何時もの組み合わせとなる。
何だかネロと出会った日を思い出すなと、定規を肩に担ぐようにして昔の記憶に思いを馳せていると、あの時と同じように、窓の形跡を一切残していない穴から、一抱え以上ある大きさの何かが飛来して来た。
「……いやあ、これはねーわ」
あの時はドラムセットが鎮座したが、今回のこれは、間違いなく人間であった。
悪魔の生首が飛んで来た時ですら引かなかったであったが、流石に生きた人間が店に投げ入れられても笑っていられる程、脳天気な男ではない。特に、その人間がゴリラのようなマッチョではなく、自身と同レベルの貧弱そうな男性ならば尚更だった。
「いい所に来た、そいつ頼むぜ!」
「いい加減にしやがれこのクソ親父! ダンテも余所見してんじゃねえ!」
「取り敢えずバイタルスター食わせとけ、緑の奴だ! 口移しはするなよ、ネロがキレるからな!」
「ダンテ今すぐ真っすぐ突っ込みやがれ! この×××××と纏めて灰にしてやるよ!」
有無は言わせるが、言った所で何の意味もない一方的な頼み事をされたは、少し困った顔をしてから定規をその辺に置き、トライバルデザインのタトゥーの入った細身の男の両脇に腕を入れて持ち上げようと努力する。皮膚が砂のように剥がれ落ちた気がするが、そういう体質なのだろうと深く考えるのは止めた。
腕力も腹筋も背筋も足りない状態で床の上を引き摺り始めると、先程まで男が居た地点に石のような物が詰まった袋が放り投げられる。詳細はよく判らないが、緑色の星の形をしたクリスタルが確認出来たので、恐らく直前にダンテが言っていたバイタルスターなるものなのだろうと納得していると、不意に腕の中が軽くなった。
「オイオイオイオイ、もうチョイ丁寧に扱ってやってくれねェ? 見ての通り弱っちい詩人ちゃんなんだからよ、あ、態とじゃねェんなら? ま、仕方ないけどよ」
「あー……ドチラ様?」
何の前触れもなく現れた巨大な鳥が腕の中の男を鷲掴み、重々しい羽音と共に来客用のソファへと運ぶ。姿形と言動からして唯の鳥ではなく悪魔か、それに類する存在とまでは推測出来ただったが、だからと言って何が変わる訳でもないのでひとまず相手の素性を尋ねる。
「おっと自己紹介が遅れたな。俺はグリフォン、こっちが……あー、Vって呼んでやってくれ。で、向こうで派手に暴れてる猫ちゃんがシャドウな。あともう1人? 1匹? いや、1体か? ナイトメアってのが居るがその内会えるんじゃねェかな。ただ、会えた日がお前の命日になるかもな、精々気を付けるこった」
「おお、そっか。宜しくな、グリフォン」
随分お喋りな鳥だが、かなり高度な知性を有しているのできっと強力な悪魔なのだろうとグリフォンについての情報を更新しつつ、キッチンからペットボトル入りの水とミートハンマーを持って来る。以前はこんな小洒落たアイテムなど所持していなかったが、安いスジ肉でも美味しく食べられるようにと態々ネロが買って来てくれたという経緯があった。
そんな恋人の優しい気遣いを正体不明の物質を砕く行為に利用するのは気が引けるが、しかし、ネロはきっと自分を責めないだろうと希望的観測の元、は目の前の石のような物体に向かって気兼ねなくハンマーを振るい、小さく砕いた欠片をVと紹介された男の口に入れてみる。
咳き込むような事があれば、ネロに全力の謝罪をしつつ口移しも辞さない考えだったが、幸い嚥下する力は残っていたようで細い喉が上下に動いた。
「で、お前は誰ちゃんよ?」
「・。この店の店長で作業員で事務員でその他色々。でいいぜ」
初対面のネロに告げた内容と同じだと言った後に気付いただったが、それ以上深い意味もないので黙々と緑色の欠片を食べさせる行為を続ける。
「よし、だな。早速質問したいんだけどよォ、あの小僧とはどういった関係よ」
「小僧ってネロの事か? 恋人だけど?」
「うーわー、何の疑問も恥じらいもなくノータイムで言えちゃってる辺り嘘の気配が微塵もねェよな。やっぱそんな感じ? ダンテちゃんの台詞からそうだろうとは思ってたけどマジなんだ、いやァ、ショックだわ。バージル含めて3人仲良く暮らしてるってだけでも相当衝撃だったのに」
「話が見えねーけど、グリフォンは双子と知り合いな感じか」
「そこ知りたい? まァ、そこは知りたいわな。じゃァ特別に教えてやるよ、俺達は全員知り合いだ。ただし、別の次元でだけどな!」
「ふーん、そっか」
戦闘音に掻き消されながらも緑の塊を砕いているの肩を、猛禽類の足が掴む。肩に爪が食い込まないようにしてくれているので、人類に対して友好的な悪魔なのだろうと勝手に結論付けている最中、耳元で叫ばれる。
「いや、そこは驚けよ! 何で流すの、ねえ何で!?」
「双子関連の知り合いだろ、その程度で驚いてちゃ身が持たねーよ」
「俺はダンテの命を狙った過去も、あ、駄目だわ。トリッシュと被るな、じゃあこれでどうだ、Vはバージルから切り離された人間の部分だ!」
「へえ、Vって人間なんだ? 肌こんななのに、あ、治ってるわ。すげーな、この石」
乾いた泥のようだった肌は、バイタルスターの欠片を与える毎に人間のそれと変わらなくなり、それに対して驚くに、再びグリフォンから突っ込みが入る。
「そこじゃァねェんだよな。Vがバージルだって所に驚くべきだろ? いや、今はもう人間ですらない訳だけど、おっと、そういやァ訊き忘れてたがはデビルハンターか? 純粋な人間じゃねェだろ、気配的に」
「分類的には半魔だけど、職業はタトゥースタジオ経営者。だから誰も狩らねーし、体力的に狩れねーよ。つーか、その言い分だと今のVは悪魔なのか」
「悪魔っちゃァ間違いなく悪魔なんだがよォ、ちょっくら複雑な経緯辿った身の上で説明し辛いんだわ。おっと、Vちゃんお目覚め?」
「……誰かのお喋りが煩くてな」
青白い顔色のままソファの上で目を開けたVは、の手の中にあるバイタルスターを一瞥した後、デビルスターもくれと消え入りそうな声で言いながら目を閉じた。
「なー、グリフォン。デビルスターってこの紫色のヤツでいいのか、いいよな多分」
「はそこで普通に甲斐甲斐しくお世話しちゃう系男子な訳? あーヤダヤダお人好しかよ、俺そういう人類皆平等みたいな良い人ぶってる奴が気に食わねェんだよ」
「別に良い人じゃねーぞ。Vがバージルで、ダンテに頼まれたから世話してるだけだ」
「ん、ちょっと待て。あの双子とお前の関係って何だ? 円満破局した元カレ?」
「変な想像するんじゃねーよ、唯のダチだ」
紫色の欠片を食べさせる前にVの背にクッションを起き半身を起こさせ、ついでにキャップを緩めた水を与える。瞼を動かす気力はないが水を飲み、砕いたオーブを自力で口に運ぶ体力ならあるようで、死人のようだった顔色も少しずつ回復して行った。
隣店からは変わらず人命に危機を覚えるレベルの破壊音が轟いているが、長年の経験からはあと少しで終わるだろうと鷹揚に構え、豪胆なのか鈍感なのか判らないと困惑するグリフォンを一笑する。
やがてその言葉通り卒倒したような重い音と共に戦闘は終わり、何時もより少しだけ派手に破壊された店を眺めながら、何時も通り修理屋を呼ぶ為に受話器を取った。グリフォンの6個の瞳孔が正体不明の生物を見るものへと変化していたが、は気にするような男ではない。
「バージルの暴走止まったか。本当バージルってさ、何時も張り詰めてるからか知らねーけど、ごく偶に爆発してすげー暴走するよな。Vがバージルから分離とか言ってたから、やっぱグリフォンの方のバージルも同じ感じか? よお、おかえり、ネロ」
あの日のように窓とは呼び難い穴から帰宅したネロを笑顔で迎え、あの日とは違い、腰に手を回しながら頬を寄せ軽くキスをすると、戦闘後の興奮が滲んでいた青い瞳が春の花のように美しく溶けた。その変化に、の表情も自然と綻ぶ。
「ただいま、」
「アホ相手にひと暴れして腹減っただろ。修理呼んだらデリバリー頼むからさ、シャワー浴びる前に何が食べたいか教えてくれ」
「悪いな、何時も奢らせて。じゃあネロ、お言葉に甘えてピザ頼んでおいてくれ」
「そうかそうか。タカリ癖が治らねえおっさんは暴れ足りないって言いたかったのか。なら運動不足解消に俺が相手してやるよ、そこの青い癇癪玉と一緒に地獄に堕ちやがれ」
隣の店から掛けられた声に右腕を発光させて、今来たばかりの境界線を飛び越え、第2ラウンドに突入した甥と叔父の喧嘩を眺めながら、じゃあダンテ好みのオリーブ増量にカスタマイズしたピザでも頼むかとは呟いた。
その目が、サングラス越しにVとグリフォン、そして猫と呼ぶには余りにも巨大なネコ科を模した悪魔へ注がれる。
「いや、俺と猫ちゃんは嗜好品的なアレだから必要ねェし。Vちゃんはどうよ」
「食欲がない」
「だ、そうだぜ」
「確かに今の状態でピザはキッツいな。他に何か要るか」
「必要ない」
「そっか。じゃあ、何か食べたくなったら言ってくれ、っても俺は料理出来ねーからデリバリーかテイクアウトで頼める範囲だけどな」
音を立てて崩れる店の外壁を仕方なさそうに受け入れたは、何とも表現し難いグリフォンとシャドウの視線を浴びながら何時ものダイヤルを回し、慣れた口調でお決まりの台詞を口にするのだった。