曖昧トルマリン

graytourmaline

デーミアンはかく語れり

 ネロの反省と努力もあってか、時間を置いて再度訪問した隣の便利屋の室内は綺麗に片付けられていた。若干の破壊のお陰で物が少なくなっていたが、態々口に出して指摘するような意地の悪い大人はこの場にいない。
 古馴染みをもてなす気など欠片も持ち合わせていないバージルは革張り箔押しという如何にもな分厚い本を片手に電話の側に座りつつも、視線はしっかりとの座る応接用のソファへ。
 ネロはそんなバージルも気にならないくらい浮かれた様子で酸味と苦味ばかりが主張する泥水のように不味いインスタントコーヒーを淹れての正面に座る。因みに味蕾が世を儚みそうな黒い飲料に関してはネロの腕が壊滅的に悪い訳ではなく、粉の風味が値段相応なだけである。
「で、何だよ。俺に用があるって聞いたけど」
「用っつーか、今度レイトショー観に行かねーかって誘いに来ただけ」
 平たく言えばデートのお誘いだなと続けたの言葉は、やけに大きな物音に遮られた。
 非難の感情を含んだ青い瞳が先に、苦笑いを乗せた赤い瞳が数秒遅れて振り返り、音の発生源へ向けられる。彼等の視線の先に居たのは顔面蒼白で立ち上がったバージルで、貴重であろう古書は足元に投げ捨てられ、代わりに鯉口を切った閻魔刀が握られていた。
 どうみても臨戦態勢を取っている。
「あのがデートに誘う、だと……天変地異の前触れ、いや、ムンドゥスの封印が解ける前兆か? まさか、俺以外にテメンニグルの起動を目論む奴が」
「なあ、なんか唐突に呻き出したんだけど」
「俺が珍しい事してるから驚いてるだけだろ、その内正気に戻るさ。ついさっきお前は変わったなってしんみりした所なんだけど、何でかな、バージルって基本賢いけど突然すげー馬鹿になるんだよなあ」
「さっきアンタのサングラス選びに行くって時にはああはならなかったのに?」
「生活必需品買いに行く的な感じで、バージル基準ではデートに入らなかったとかじゃねーの? 俺にもよく判んねーけど」
「俺に訊くなよ。が判んないなら俺に判る訳ないだろ」
 恋人との空気を壊され不機嫌になりながらも落ち着いた表情でコーヒーを啜るネロは、時間経過と共に我を失いつつあるバージルとは何処までも正反対だった。
 しかし、仕方がない。
 この年齢になるまでパートナーへの気遣いどころか僅かな興味すらも見せず不干渉主義を掲げたまま、ただ流されるだけで、ほとんどの相手との関係が自然消滅に終わったの恋愛遍歴を知るバージルにとっては、人知の及ばない災害の兆候に思えたに違いない。確証はないが、自身も何となくは察している。
「俺はそこそこ年季の入った引き篭もりだからな、バージルにも色々あるんだろ。それよかさ、ネロは今更誘ってんじゃねーよとか思わねーの?」
「思わねえし怒りもしねえよ、は外出しない方がいい体質だろ。店に顔出せばアンタは何時だって歓迎してくれるし、第一、俺は行きたい場所には1人で行く。まあ、アンタと出掛けられるのは、嬉しいけど」
 最後の言葉は小さな声で、鼻の頭を掻きつつ照れたように言うネロの素直さと、可愛らしさと、優しさと、恋人の体質に理解を示す突き抜けた心遣いに、不覚にもはときめき、泣きそうになった。
 深い付き合いをしなければ中々判らないが、ネロは優しい気質の青年なのだ。口や態度が尖っているが根は実直で、恐慌状態の隙を付かれて珍しくバスターを決められているバージルや、四六時中体罰指導を受けているダンテと比較すると、立場を弁え他人に合わせる術を知っている人物と評する事が出来る。
 照れ隠しの暴力も振るわない程に喜んでくれるのならば、もう少し早く誘えばよかったと温厚な表情の裏で後悔するの背後で、再び轟音。どうやら唯我独尊を地で行くバージルが復活したようだ。
 事務所に不釣合いな甘ったるい空気を壊されたネロの表情に怒りが滲むが、どうせ攻撃を繰り返してもすぐに復活してしまうので諦める。彼は清潔好きだが、日に二度も三度も掃除をする程の潔癖症ではない。
「ネロ、の誘いは断れ! 強敵の襲撃に備えなければならん!」
「うっぜえ……、どうにかしてくれよ」
 ダンテと同様に、まともにバスターを食らっても大したダメージを受けず平然としているバージルを見たネロは眉根を寄せ、力では止められないのならば口だとばかりに年長者に対処を放り投げた。
 投げられた側であるにしてみれば、無視が最も効率的、効果的だと長年の経験から導き出しているのだが、可愛い年下の恋人の頼みを無下に出来るはずもない。面白半分で火に油を注ぎ、頃合いを見計らって茶々を入れる自由奔放を具現化した男、ダンテが居ないのならば、バージルの対処は然程難しくはなかった。
「バージル、少し話そうぜ」
「いや、判ったぞ。貴様、を騙る悪魔だな」
「何も判ってねーからな? 落ち着け、魔具装備状態で暴走するな、構えるな、電波受信も禁止だ。ったく、折角ネロが掃除したってのに」
「ならば貴様が本物であると証明をしてみせろ」
「俺の城がぶっ壊された回数と、修復と改装費用の合計請求額辺りが適当か?」
 野次馬としては知りたいが、被害者側の恋人且つ加害者側の従業員であるネロは心理的に妙な板挟みに遭い、結局口を噤んでしまう。
 何も悪い事などしていないのに落ち着かない様子を見せる青年を優しい声が呼び、置き去りにされていたマグカップを手に隣に座るように促した。
 都合が付く時に返して貰えばいいさ、だから何でそんなにお人好しなんだよ、と他愛ない恋人達の空気を壊すのは、当然双子で半魔の青い方である。
「貴様が本物であろうとなかろうと殺せと請われているのならば、叶えてやるのも吝かではないか。俺も鬼ではない、苦しまないよう一瞬で塵へ還してやろう」
よりもバージルが偽者のような気がするから、地面に埋めて穴開けて刻んで燃やして脳の有無から確かめるべきだよな」
「はーい、ネロは右手を鎮めて赤と青の美人さんとカワイ子ちゃんから手を離そうか。バージル、この短時間で2度目の流血沙汰とか勘弁な。うん、だからなネロ、ここは将来の為に冴えないおじさんの顔を立ててみよーぜ」
「ダンテどころかバージルも踏み倒してるとか信じられねえ」
「違う違う、バージルは懐と心の両方に余裕がある時には返済してくれるぜ。ダンテは、その、アレだ、気にすんな」
「フォローが雑になるなら言及なんかするんじゃねえよ。バージル相手にしても誠意頼みって受け身過ぎるだろ、ちょっとはレディを見習えよ」
「見習うったって、ネロは俺に彼女みたくなって欲しいのか?」
 各種銃火器で悪魔を狩り、半魔相手でも仲介料や借金を容赦なく取り立てに来る等おっかない面も多々あるが、強く美しく頼りになり、ビジネスには強かなデビルハンターの姿を思い浮かべ、もしもそれがだったらとネロの青い瞳が恋人を見据える。
 なって欲しいかと問われれば、否だ。
 間違いなく、恋人にするなどという選択肢は浮かばない。そもそも、レディとトリッシュには敵わないとの理由から、かなり初期の段階で恋愛対象から除外している。大らかで陽気で愛嬌があるからこそ、同性で親子の年齢差という障害を無視してでも本能がに惹かれたのだ。
「ネロの願いなら叶えたいけどなあ、流石に無理だぜ。ダンテが悟り開いて洗練されたクールガイになるくらい無茶な事だから諦めろ」
 言いながら、はネロの両耳を塞いでバージルを見上げた。
 これだけ無視をしていても未だに命があるという事は、きっと先程の言動は彼なりの冗談だったのだろうと思い込む事にする。
「じゃあ、本物の証明として、お前ら双子のエロ本所蔵場所を言い当ててやろう。ダンテはそもそも隠す気がなくて超オープン。バージルは現物の娼婦買ってるから持ってない」
「間違いない、本物のだ」
「最低だ」
 指の隙間から漏れて聞こえてしまった本人確認の方法が圧倒的に不必要な無駄知識で品性も欠如していた所為で、ネロは余りにも人間として生きていては駄目な大人達の短いやり取りに思わず頭痛を覚えた。2人共が半分悪魔という現実は、この際無視する。
「あれ、聞こえたか。ネロは、エロ本所持は浮気派か?」
「浮気って程じゃない。でも、良い気はしねえ。アンタは違うかもしれないけど」
「ああ。まー、確かにな」
 飄々とした態度の裏で、過去にこの恋人は自慰の経験すらないかもしれないと不名誉な予測をしたは、それが半ば当たっている可能性を知ったが口にも表情にも一切出さないまま静かに胸の内へとしまい込んだ。
 残されたもう半分の可能性として、彼は若いからその手の媒体の世話にならずとも処理出来ていたのかもしれないが、こちらも言葉にはしなかった。
 無精の中年だって、流石に命は惜しい。
「でもネロは嫌なんだろ? なら処分するか」
「……じゃあ燃やして欲しい。つーか、探し出して俺が燃やす」
「はいよ」
「それと、本じゃなくて女買ったらを刻んで燃やす」
「待て、早まるな」
 ネロの暴挙にではなく、バージルが鋭く制止の声をかける。当然、目の前の男の安否が気に掛かるから、などという優しい理由からではない。
「その場合は燃やさず原型を留めた状態で殺せ。その時こそ真偽を見極め厄災の前触れか否かの判断を下さなければならない」
「死体の腑分けで災害予知とか中世の占い師かよ……あれ、じゃあ、は娼婦買った事ねえの?」
 バージルの言葉に違和感を覚えたネロが問いかけると、両耳から手を離した恋人が、職業柄自分は金を受け取る側で彼女達が支払う側だと笑った。
「そもそも性欲処理の為だけに外に出るとか考えられねーよ」
「テリトリーを侵害されたくないからと派遣型の娼婦の誘いも断っているだろう」
「だから何でバージルもの性生活を把握してんだよ」
「そりゃあな、人類型男性最上位種のバージルはお店の新人お嬢様方から人気のお姉様方まで分け隔てなく大人気だから、ピロートークとかその辺から情報入手出来るだろ」
 夜毎に違う男の相手をする娼婦の持つ情報収集力は侮れないとは苦笑し、バージルも重々しく頷いて同意する。その手の女性と接触する経験が少ないネロはそういうものなのかと怪訝な顔をするに留めたが、こんな場所でデビルハンターとして働くつもりならば自分もいずれ何処かで接点を持たなければならないのだろうかと不安を滲ませる。
 若者の不安を肌で感じ取ったは心配ないと元気づけようとして、止めた。自分やバージルではうっかり変な女を紹介しそうなので、取り敢えずダンテに丸投げしようと決意する。
 3人の半魔の中で、良い意味でも悪い意味でも交友スキルや人間観察眼の面で最も優れており社交性に富んでいるのは彼だった。見習って欲しいとは少し違うが、参考や反面教師となる点は多いだろう。
 人間関係が終始ビジネスライクで生きているバージルからは全力で反対されそうだと表情に出さず苦笑していると、その当人がおもむろに口を開いた。
「先日買った女が嬉々として漏らしていたな。その首輪を着けてからは、挨拶代わりのキスもハグも禁止されたと」
「首輪やったのも禁止したのは確かに俺だけどさ、なんで嬉しそうに言うんだよ」
「大方また賭けてんだろ。恋人が目に見えて束縛し始めたのに俺が何にも反抗せずに従うだけだから、そろそろ愛想尽かして別れる頃だろうってな」
「愚かな女だ。俺は1年半以上継続すると賭けているというのにな」
「本当に、アンタは、何してんだよ!?」
 氷の如く冷徹非情で傲慢で寡黙で無愛想だが自己主義を貫く並外れた実力を持つ男、それがネロの持つバージルの印象だったのだが、今日一日というかここ数分の出来事で硬派な男のイメージが瓦解し砂塵と化している。
 第一印象で大体正しいけれどバージルもダンテの兄だから根本的な部分は一緒だよなあ、というの考えは音になる前に飲み込んだので失言には繋がらなかった。気分を害されたバージルの手で口を縫い付けられはしないだろうが、鬼と化した親友の拳で顎から下が消失する可能性が高いと脳が警告を発したからである。
「しかし、このまま行けば一人勝ちの可能性が濃厚だ。目算では戻り金でレディからの借金が帳消しになり、余剰まで出る」
「そ……それは」
 バージルが手を出しても責められない、大変魅力的な額が動くギャンブルだとネロも渋々理解した。ついでに、過去の恋人達と長期間続いていないから今回も駄目だろうと、かなりの人数に太鼓判を押されているの甲斐性の無さも。
「という事だ。別れるなよ、
「言われるまでもねーよ。つーかよ、バージル、俺が他人様から口出されて従うような素直な男に……あ。」
「なんだよ、あ。って」
 明らかに他人から指図を受けましたと物語っている恋人の態度に、それまで上昇気味だったネロの機嫌が直角で急降下した。ネロ自身も他人なのだが、上げるべき棚ごと粉砕してなかった事にする。
 しかし、次に浮かんだ表情は後ろめたいものとは程遠く、ひとまずネロは右手を拳の形状から解き、バージルは青白く光る剣を砕いて消した。僅かでも挙動を間違えれば命はない状況に追い込まれていた事を知りつつも、は呵呵と笑う。
「こないだ来たお喋り好きのお客がさ、20くらい年下の子と恋愛ごっこしてたから聞いておけって話してくれたんだよ」
 何かのはずみで好きだと言われ何となく付き合う事になったが恋愛感情はなく、年若い相手に経験を積ませて、恋慕と愛情の区別が付けられるまでの教師役としての感情だった。やがて目論見通り相手は自分の感情に恋が含まれていない事に気付いたが、同時に、最初からそれが目的だったという事も理解してしまい、騙されたと激高して流血沙汰の修羅場の末に6針縫う怪我を負ったらしい。
 蛇足だが、そんな恥ずかしいプライベートを赤裸々に明かした客から求められた仕事の内容はというと、その傷が判別し辛くなるようなタトゥーを入れて欲しいという事だった。名誉の負傷とはとても呼べない、余りに不誠実過ぎる経緯だから、だそうだ。
「何だよそれ、は俺の気持ちが勘違いだって言いたいのかよ」
「あー、要点を先に言っておくべきだったか。そーじゃなくてだな、ネロに、勘違いされたくなかったんだよ。ネロがどんだけ大丈夫って言ったとしても、仕事中に弁の立つ悪魔が指摘して一瞬でも隙になるような弱点にもなりたくなかった。若気の至りに気付かず同情したから、分別付くまでの間だけママゴトに付き合ってるだけじゃねーのかって指摘受けて不安に晒したくなかった。レイトショーに誘ったのもその一環だ」
「だから要点を言え。長えよ馬鹿、ごちゃごちゃ言わずに纏めろ」
「俺が本気でネロが好きだって確信して欲しかった」
「……上等じゃねえか」
 の言葉がお気に召したネロは機嫌を取り戻し、凶暴な笑みを浮かべて右手で胸倉を掴んで触れるだけのキスをする。
 遠い星からやって来たネロ坊やの妖精ルールブック的には、これでやっと恋人と親密な関係といえる仲に進んだらしい。結局最後は文字ではなく言葉と態度で示したのだから、あの色々と酷い交換日記は意味なかったなと現実逃避するの胸元が解放され、耳まで真っ赤に染まった銀髪の頭部が代わりに埋められる。よく見ると、右手も仄かに暖色を帯びていた。
 引き寄せる仕草こそ乱暴だが、噛み付く訳でも、舌を絡める訳でもない、唇同士が触れるだけのキスすら恥じる年下の恋人の反応が愛おしくて仕方がなかったが、残念ながらじっくりとその感動を味わう事は許されない。サングラスに隠された赤い瞳はソファの向こうに佇む青い男を見据え、無言ながら力強く訴える。
 即ち、え、何、あそこまで煽った癖にその程度で終わり? みたいな表情をあからさまに浮かべるんじゃねえよ、と。
 顔立ちは清楚、立ち振る舞いは不良少年、口から飛び出すのは皮肉かFワード、性格は素直だが方向性が厭世的、しかし根は純真純情という実に見事な不一致加減がネロという存在の構成要素であり魅力でもあると知る人物は、かなり少ない。
 成程、何を糧に生きているのか理解し難いこの古馴染みは何処かの時点でそれを知り、均衡の取れたアンバランスさという矛盾に惚れたのかとバージルは静かに納得した後、空気を読み、気配を消してその場から去った。否、去ろうと踵を返した。
「Hi! 今帰っ……何だこの状況」
「Be gone!」
 外開きである事務所のドアをウェスタンドアの如く蹴り破るようにして仕事から帰還した弟を、兄は怒気を込めた全身全霊の兜割りで出迎える。
 今回ダンテは何も悪い事をしていないが、バージルにとっては許しがたいタイミングだったのだ。従業員と隣店の親友が自分の事務所のソファの上でベタベタしていた故の、当然出なければならない台詞であるのに、理不尽の極みである。
 一方、最悪な男に、最悪の状況を見られたネロは一瞬で通常の思考回路を麻痺させ、今からバージルに加勢してダンテの記憶を脳味噌ごと物理的に掻き消すしか手段はないと結論に達した。しかし、の腕がそれを許さない。
!」
「まーアレだ。俺に任せろよ。よお、ダンテ、随分イカした格好じゃねーか。久々に大物とやりあったみてーだな」
「ああ、その大物悪魔が自分の肉親で事務所の共同経営者だって忘れてたのは俺の落ち度だな。で、どうしたんだ、その状況は」
「若者に無茶振りする俺だけが楽しい罰ゲーム」
「カードもゲームボードも見当たらないが? 水臭いな、何時の間にビリヤードの腕を上げたんだ、それともダーツか?」
 明らかな嘘だが、何処まで言い訳出来るか試してやろうと穴だらけで笑うダンテの腹から発光する剣が数本生える。その背後には青い鬼の影。
 しかし、そんな事でビビったり怯んでいては半魔は務まらない。幻影剣が爆発してベオウルフの追撃が入るまでが何時もの流れなのだ、気にする程の騒ぎでもないだろう。
「俺がその手のゲームで勝てる訳がねーだろ。ヒット・アンド・ブロウだよ」
「ああ、確かに、坊やは弱そうだ」
「よーし、ネロ。次のカモが決まったぞ。今度はバージルも強制参加させてカードでこの赤コートのスノーマンから身ぐるみ剥いで巻き上げようぜ。知ってるか、こいつギャンブルからっきしですげー弱いんだよ」
「OK, 降参する。それはから坊やに課された罰ゲームだ、これでいいな」
 冗談めいた口調だがひょっとすると全裸で大通りに転がされるかもしれないと身の危険を感じたダンテは両手を緩く上げ、これ以上の追求はしないと明言した。バージルは弟の宣言を無視して追撃しているので、多分すぐに喧嘩になるだろう。
「ツイてないな、日に2度もメロドラマを観させられる羽目になるとは」
「なんだよ。ロマンチストな男主催の指輪の受け渡し現場にでも遭遇したのか」
「いいや、依頼先のダンスの相手が筋金入りのスプーキーでね、黴の生えた恋愛映画の上映中じゃないとステージに上がろうともしない……あー、地雷原突入したか?」
「ああ、ダンテ、フラメンコがお上手で羨ましいよ。¡Buena suerte!」
 手を緩めようとしないバージルに引き続き、今回の依頼場所とダンテの普段の仕事ぶりから現場の状態を完璧に察したネロが瞬間沸騰。可愛い顔を台無しにしながら憤怒の形相で参戦し、コンマ秒後に事務所内が轟音に包まれる。
「どーにも締まらねーが、仕方がねーか」
 本格派泥水と形容出来そうなドス黒い液体を手にしたは、恋人のフラストレーションが解消されたら近場のレンタルショップで何作品か借りに出掛けようと以降の予定を決め、すっかりぬるくなったそれに口を付けたのだった。